一方時は遡る。
「やっ!!」
次々と黒鍵を繰り出すシエル。
だが、それは攻撃と言うよりも防御の色合いが極めて大きい。
それも当然。
象徴と一つになった乱蒼はまさしく神出鬼没、象徴と本体が一つとなった結果、本体への守りなどに力を割く必要性などなくなり、その能力全てシエルへの攻撃に注いでいた。
その脅威をいち早く察したシエルは攻撃を放棄し次々と黒鍵を撃ち放ち、安全を確認した空間から逃げ続ける防御の戦略を採用していた。
その戦略は今の所功を奏し、シエルは乱蒼の奇襲戦法から逃げまくっていた。
(くっ!)
乱蒼も歯軋りしながら空間から空間へと移り攻撃の手を緩めない。
だが、空間の狭間から出てしまえば彼も実体化しシエルが縦横無尽に放つ黒鍵の餌食となる。
死ぬ事への恐れもないが、神の役に立てる事なく消え果るのだけはごめんだった。
だが、このままいたちごっこを続ければシエルの体力ないし黒鍵が尽きる前に自分の魂魄が消滅する。
(かくなる上は!!どちらが先に尽き果てるか賭けと行こうではないか!八妃よ!)
一声吼えると乱蒼はかつてない速度で空間の転移を開始する。
「なっ!」
この速度上昇に最初虚をつかれたシエルだったが、ギリギリでかわす。
だが、乱蒼は既に背後を取っていた。
(もらった!)
「!!」
絶対にかわせない必中のタイミングで凶刃が迫る。
だが、それを間一髪で黒鍵でつっかえ棒の様にして押さえ込む。
(これでもか!)
「やっ!」
振り向きざま片手で持てるありったけの黒鍵を投擲する。
(!!)
乱蒼もこれ以上の追撃を諦め再び空間の狭間に消える。
「ふぅ・・・想像以上の難敵ですね」
(それはこちらの台詞。よもやここまでかわされるとは想像の外だった・・・)
シエルの独白に乱蒼が苦々しげな声で応じる。
(くっ・・・無理が祟ったか・・・もう長くは持つまい・・・奇襲が無理ならば・・・八妃よ・・・これで終焉と行こうではないか!!)
そう宣言を下すやシエルの目の前に乱蒼が姿を現した。
その周囲の空間すべてからあの触手を出現させて。
その全ての触手が空間自体を近付けさせてシエルを全方位から迫っていた。
「!!」
(ふふふ・・・この状態では私でも手を伸ばす事は出来ん。だがな、この全方位に備えた我が手をどのようにして掻い潜る?)
不可能だ。
一ミリの隙間なく触手に覆われじわじわ迫るこれをかわすなど不可能。
ならば、撃ち壊すまで。
「セブン!」
第七聖典を具現化させ『パーフェクトモード』の状態で構える。
「コード・・・スクエア!」
轟音と共に撃ち放たれた第七聖典は触手の壁に風穴を開けるが、直ぐに触手が風穴を埋める。
「くっ!」
今度は『グラスパーモード』に切り替え掃射の雨を叩き込む。
流石に自分に迫る勢いは眼に見える勢いで衰えたが再生力に衰えは微塵も見受けられない。
「これでもですか・・・」
(マスター!少し変ですよあの人)
落胆の声を発したシエルに精霊が話しかける。
(何ですかセブン!こっちは忙しいんです!)
(あの人、私の攻撃を受ける度に苦しそうなんですが・・・)
見れば確かに風鐘の表情は先程とは打って変わって苦悶に満ち息も荒い。
「あれは・・・もしや」
その瞬間シエルにある仮定が思い浮かぶ。
そして、シエルはその仮定に全てを賭けた。
(セブン!ガタが来るまであれに弾丸を撃ち込みます!覚悟は良いですね!)
(良くないですー!本当に大破しちゃいますよー)
(泣き言は聞きませんよ!どの道このままだと私は死亡、貴女もスクラップですよ!そうしたら人参も食べれませんよ)
(!!そ、それだけはいやですー!)
(だったら歯を食いしばりなさい!いきますよ!)
(わ、わかりましたー)
その会話を皮切りに『グラスパーモード』をこれでもかとばかりに撃ち込む。
撃ちぬき再生しても構わずただひたすらに・・・前後左右と所構わずに、ひたすら撃ち込む。
だが、それでも触手の迫る勢いは止まらない。
(見当違い?)
シエルに暗雲の如く不安と絶望がよぎる。
だが、後戻りは出来ない。
覚悟を決めてただただ自分の手の中で暴れまわる第七聖典を力で抑え込み、掃射を止める事無く続ける。
遂に眼と鼻の先にまで触手が迫った時、動きを止めた。
(・・・気付かれたか・・・)
乱蒼の掠れた声が辺りに響く。
「ええ、この触手と一つとなるということは逆に言えばこの触手は貴方の魂でもある。そうですよね?」
(ふふふ・・・いかにも・・・無念よ・・・あと一息であったのだが・・・)
そんな会話を尻目に触手は灰の様に粉々に砕け塵よりも細かく風に舞って消えていく。
「あえて聞きます。ここまでしなければならない理由はあったのですか?」
(あったやも知れぬな・・・だが、それもお主達には何の関係もない事・・・さて・・・では消えよう・・・愚者は愚者に相応しい場所に)
その語尾に重なる様に乱蒼は消滅し触手も跡形もなく消えた。
「・・・さて、行きますか」
シエルは言葉少なげに第七聖典を構え直し、聖堂に足を向け直した。
一方・・・
「はあ・・・はあ・・・」
秋葉は地面に体を横たわらせ、肩で息をしていた。
とは言っても、戦いは終結していない。
現に周囲を包む瘴気は紛れもない紫影のもの。
(ふふふ、お姉ちゃんもうおしまい?)
「だ、まりっ・・・なさい・・・このいたずら小僧!!」
紫影のからかい混じりの嘲りに激昂した秋葉が周囲を略奪する。
だが、その瞬間秋葉は更に苦悶に表情を歪ませる。
「ううっ!!・・・くぅっ・・・」
(無茶しない方が良いよお姉ちゃん。僕を吸い込めば吸い込む程お姉ちゃんの支配権は僕のものになるんだから)
そう、紫影の『傀儡空間』と秋葉の能力である略奪、この二つの相性は紫影にとっては最高で秋葉にとっては最悪だった。
紫影の『傀儡空間』によって周囲空間は全て紫影そのものと化している。
それを略奪しているという事は自分の体内に紫影を直接取り込んでいるのと同じ事だった。
内側からの侵食に加えて外側からは容赦ない支配権の強奪、既に秋葉は立つ事すらままならぬ状況だった。
(さてと・・・これ位で良いかな?お姉ちゃんには恨みも憎しみもないけど僕のみっともない八つ当たりになってね)
紫影の宣言と同時に秋葉の手が本人の意思とは関係なく動き己の首を絞めようと動き出す。
「ううっ・・・」
歯を食いしばり紫影の支配から逃げようとする秋葉だったが、紫影に支配された両手は自分の首に手をかけようとしていた。
(こ、このままだと・・・で、ですが・・・まだ死ねません・・・兄さんと・・・共に寄り添うまでは・・・それなら・・・)
「それなら・・・」
(ん?)
「これなら・・・どうです!」
そういうや秋葉は何を思ったのか自分の両腕を略奪していた。
(えっ!!)
一瞬何がなんだか判らず呆けた声を出す紫影だったが直ぐに、異常を察知した。
自分で自分の首をへし折ろうとしていた秋葉の両腕が糸の切れた人形の様に力なく地面に崩れ落ちた。
紫影がどれだけ再度操ろうと試みても全く反応がない。
この時点で紫影はようやく秋葉の意図を察した。
熱を略奪されて一時的だか腕の神経や筋肉が麻痺したのだ。
その事で紫影が支配権を得ても動かす事が出来なくなった。
もともと紫影の象徴の能力は力の一部を標的に命中させた事により紫影の思念を飛ばす事で自在に動かせる力の基点を植え込む。
無機物でも有機物でも動かすにはそれが必要だが、今の秋葉の腕は神経すらもが麻痺した事で断線したようなもの。
これでは操る為の信号も送れない。
(やばいなあ・・・そういう時間稼ぎして来るなんて・・・)
「もう・・・なりふり構って・・・いられませんから・・・」
皮肉げに笑う秋葉だったが次の瞬間その嘲笑が凍り付く。
麻痺させたはずの両腕が再び動き出した。
先程に比べたらゆっくりだが確実に動いている。
「ど、どうして・・・」
(そういう強硬手段に出たみたいだから僕も強硬手段に出た・・・それだけだよ)
紫影の声は先程と比べると弱々しく掠れた声だった。
「??い、一体・・・」
(仕方・・・ないよ・・・僕の力を使って麻痺した神経や筋肉を代用しているから・・・)
紫影の台詞とその弱々しい声から察するに紫影は自分の力を麻痺した神経や筋肉の代用にして秋葉の腕を動かしているのだろう。
だが、それには間違いなく大量の力が必要なのだろう。
「それ・・・なら・・・我慢比べです・・・わね・・・」
(ふふふ・・・良いよ・・・受けて立つよ・・・)
秋葉もまた再度略奪を使用し再び紫影の力を奪い尽くす。
紫影もまた力を注ぎ込み直し対抗する。
外側からは見えないが、内側での壮絶な鍔迫り合いの末に遂に秋葉の両腕は再び自身の首に手をかけていた。
それに秋葉はもう対抗できない。
あまりに紫影の力を略奪しすぎた為、もう略奪も行えないほど全身を紫影に支配されていた。
この時点で秋葉は死を覚悟した。
だが、自分で自分の首を締め上げようとしたまさにその瞬間。
(ふふふ・・・お姉ちゃん・・・の・・・勝ち・・・だよ)
再び秋葉の腕は力なく地面に崩れ落ちる。
それだけではない、全身に巣食っていた紫影の力が急速に霧散していく。
いや、全身だけではない、周囲からも紫影の気配が消えていく。
「ううう・・・こ、これは、一体・・・」
呆然と呟く秋葉だったが、何が起こったのかなんとなく理解していた。
(ははは・・・本当に・・・頑固・・・な・・・お姉・・・ちゃん・・・だね・・・僕の・・・方が・・・限界に・・・なっちゃ・・・った・・・)
ギリギリ僅差で紫影の方が先に消耗し尽くしたのだ。
「まったく・・・本当にとんでもない・・・いたずら小僧・・・でしたわね」
(ふふふ・・・僕・・・には・・・これしか・・・道が・・・なかった・・・から・・・仕方ないよ・・・じゃあね・・・お姉ちゃん・・・)
その言葉を最後に紫影の気配は完全に消え去った。
「・・・急がないと・・・いけませんわね・・・兄さんの所に行かないと・・・」
立ち上がろうとする秋葉だが、両腕が完全に麻痺している現状では立ち上がる事もおぼつかない。
どうにか立ち上がったが足取りも重く足元はふらついていた。
限界を超えて略奪したつけがここに出ていた。
「まったく・・・言う事を聞かない・・・あっ!」
自分の身体に悪態を吐こうとした時、バランスを崩し倒れこむ。
いや正確には倒れこむ寸前に誰かに抱きとめられた。
「秋葉、大丈夫ですか?」
「シオン?」
自分を抱きとめていたのは紛れもないシオンだった。
だが、その全身は擦り傷、切り傷に更には打撲と思われる痣ととても無事とは言いがたい姿だった。
「シ、シオン?どうしたの?その姿は」
「ああこれですか?簡単です、遺産との戦いで出来たものです」
秋葉の質問にシオンは苦痛に表情を歪めながらも淀みのない口調でそう答えた。